98年9月18日 金曜日 くもり
今日、帰国しなければいけません。果たして帰りの飛行機に間に合うか?

 ホテルの朝食はバイキングで、ものすごい種類で、全部食べ切れませんでした。しかし、団体のリタイア組は食べること食べること。
 チェックアウトしてSLグッツを買うために早めに駅へ向かいます。Wernigarode からの始発列車は8:34です。しかし、8時に行っても駅は開いていませんでした。やっと、土産物屋さんのお姉さんが出勤してきて駅を開けます。ネクタイやマウスパットなどを買い込みましたが、何とクレジットカードが使えません。急いで、街の中心部の銀行へ往復してCDで現金を引き出してきました。

 きっぷもこの土産物屋で買います。ブロッケンを往復してNordhausenまでの連続切符が欲しいことををメモ用紙に図に書いて見せるとすんなり硬券の乗車券が出てきました。42DMでした。しかし、どう見てもブロッケンの往復にしか見えません。お姉さんに「Nord hausen」と確認しましたが「これでよいと」繰り返します。

 発車時間が近づいたので、櫛形になっている屋根のないホームから 赤と、窓回りがクリーム色の両端オープンデッキのナローゲージ標準型の客車を99 7233-2が7両牽引する列車に乗車します。
 しかし、定刻になっても機関士と車掌は談笑したままで、5分遅れの8:39に発車しました。

 次の車庫のあるWernigarode Westerntorで時刻表にないかわいい気動車と交換しました。4つ目の駅までは1から2キロ間隔で駅があり、市内交通のようです。その後は、思いっきり勾配がきつくなり、深い森の中をあえぐように登って行きます。それもそのはずで、7両もの客車を単機で牽引しています。
 ほんとに山の中で、平行道路さえ見あたりません。深い谷を眺め、山を巻きながら登って行きます。ホテルなどの建物が見えてきて、人の気配のあるDrei Annen Hohneに到着しました。ちょっとしたリゾートの雰囲気です。そして、このあたりで泊まっていたであろう人たちが、たくさん乗ってきました。
 駅員の信号棒を合図に発車です。さて、右ルートを取りブロッケン山へ登ります。このブロッケン山は、ハルツ地方で一番高い山で、東西統一前は軍事施設で一般の人が立ち入ることの出来なかった地帯です。標高は、1142mです。といっても丘陵のような山で、「ブロッケン現象」で有名なように霧が立ちこめる日が多く、一年の3分の2は霧に包まれていることが多いそうです。この日もご多分に漏れず、頂上へ近づくにつれ霧に包まれてきました。10分遅れの10:23に1面1線と機回し線しかない山頂駅に到着しました。やはり、霧の中で何も見えません。そして寒い。

 この列車で下山しないと今日中に日本に帰れません。どうせ霧の中なのでまぁいいか。ハガキをポストに投函して、列車に戻ります。しかし、折り返しの作業はのんびりしていて、すでに発車時間は過ぎています。発車したのは10分遅れの10:33でした。
 さて、ダイヤ上不可解なことを発見しました。時刻表では、次の駅との間で列車がぶつかってしまうのです。山頂をぐるっと360度巻くと、かなりきつい下り勾配の途中の森の中で停まりました。そして、動き出すとポイントを渡って側線に入りました。そうです。ポイント一個に側線1本だけのスイッチバックの信号所です。列車が停まると鳥と風の音しかしません。
 ただでさえ遅れているのに対向列車が来ません。どうなっているのでしょう。10分位するとドラフト音が近づいてきます。そして、登り勾配を駆け抜けて行きました。
 バックで本線に戻って、勾配を下ってゆきます。Drei Annen Hohneに戻ってきたのは20分遅れの11:33でした。

 さて、すでに発車時間を過ぎていますが、11:32発のNordhausen Nord行きには乗り換えです。この時間Drei Annen Hohneには、3方向のそれぞれの列車が止まっていて、誤乗のないように車掌に確認してから列車に乗り込みます。6両連結していたのですが、後ろの緑色の古典客車3両は鍵が掛かっていて、締め切りで乗ることが出来ないのが残念です。コンパートメントなどがあって良い車なのですが、団体の回送でしょうか。
 残りの3両も小学生の団体が乗っていて、立ち客も出るほどの混雑には閉口しました。何とか空席を見つけて座りましたが。3分遅れの11:35に発車しました。
 いくつかの山の尾根と谷を上り下りしながら列車は進みます。ところどころ森の中に集落があり、スーツケースを持った年輩の夫婦が乗り込んできたりします。一日3本の列車のためか、程々の乗降があります。その合間に窓側の席をゲットすることが出来ました。

 狭い渓谷をNordhausen Nordに向かって下ってゆきます。Gernrodeからのもう一本の路線と合流するEisfelder Talmuhleで、7分停車。機関車に給水をしています。お昼を過ぎているので、何か食べ物と飲み物を買おうと外に出ると、駅舎は無人で、回りに売店などはおろか人家が見あたりません。
 Nordhausen Nordまでの気動車の区間運転が増えるllfeldで、どっと年輩の方達が下車し、待っていた観光バスに乗り換えてゆきました。この先は谷も開けて、平坦な道のりが続きます。
 Niedersachswerfen Ostで気動車と交換して、建物が多くなり、車両基地が広がると、13:42に終点のNordhausen Nordの行き止まりホームに到着しました。隣には、ドイツ鉄道のNordhausen駅があって、駅名は別ですが、目と鼻の先です。

 駅前の鞄屋さんで、財布を買って駅前のショッピングストリートを冷やかして、駅内の売店で、コーラを買って、14:18発の電気機関車が牽引する、REに乗車します。
 Wolkrams hausen で非電化線を分岐して、Bleicherode Ostで支線を分岐します。
 Erfurtへの支線を分岐するLeinefeldeでは、Teistungenへの支線に小豆色の東ドイツ製のレールバス772型が運用されているのを発見しました。今すぐにでも降りたい衝動に駆られましたが、ここで降りると日本に帰れなくなるので、涙を飲んで見送ります。
 Eichen BergでGottingenからの旧幹線を横断して、谷間の川沿いにKasselへ向かいます。
 川の合流するHann Mundenを出るとICEの高速新線と合流して、新線上を快走し出しました。これで10分程度の遅れが回復しました。まさか、ローカル列車が新幹線を走るとは・・・。
 Kassel Hbfは後回しで、15:49に新幹線駅のKassel Wilhelmshoheに到着しました。
 16:18発のICE779に乗車するのですが、その間に駅構内の商店街で、専門店のチョコレートの買い物です。
 お昼を食べていないので、いきなり食堂車から乗車しました。まずビールを頼んで適当にメニューを指すと、牛肉を赤ワインと酢に漬け込んで焼いてからさらに着け汁で煮込んだ料理のライニッシャー ザウアーブラーテンでした。ジャガイモを加工した餅みたいなボールが2個付いています。
 列車はFuldaまでの高速新線を快走します。デザートを食べているとFuldaへ到着。急病人が出たようで、救急隊員が担架を持って走って行くと、おばあさんが手当を受けていました。その間にシックな紫色に塗られた数量の旧型客車が、シックな旧型電気機関車にひかれて到着し、先発して行きました。車内には、カメラを担いだその道の人ばかり。時ならぬICEとの競演に喜んでいるようです。趣味団体の貸し切り列車のようです。
 フランクフルトへの在来線に降りて、食後のコーヒーを飲んでいると、いつの間にか都会に入っており、Hanauを通って17:43にFrankfurt(Main)Hbfに到着しました。結局客室には行かずに食堂車で過ごしてしまいました。

 17:50発のハンブルグ行きのIC522に乗り換えます。フランクフルト空港へSバーンでなく、ホーム向かい側に停まっているICで行けるので大変楽です。Frankfurt(M)Flugh.に18:03に到着しました。
 駅の中にあるスーパーマーケットで、お土産を買い込みます。空港の免税店を使うよりも、税金を考えてもここで買った方が絶対お得です。ゴディバのチョコのセール品には涙が出ました。しかし、考えることは皆同じなのか、日本語が飛び交い、日本人のカップルが多く見られました。
 さて、駅につながっているのは第一ターミナルで、日本行きの飛行機は高架電車に乗って、第二ターミナルへ向かいます。
 さて、チェックインです。さすがにJAL、日本語でOKなのでホッとします。しかし、予約したはずの20:50発408便の禁煙席はすでになく、後部のあの喫煙席の2人掛けでした。「予約したときに禁煙を指定しているはずだ」と抗議すると、「搭乗の際に係員へお申し出下さい」とのこと。まぁ後部の2人掛けは、エコノミーといえども広いので我慢することにしました。
 「もしかして」と、通した自動改札機には止められることもなく、申し出ていればチェンジだったかなぁ。行きに良い思いをしたのでまぁいいか。
 隣の席の主が来ません。満席のはずなのですが。「あと2人のお客様をお待ちしております。」と放送が入り、「ドアをクローズ」の放送が入ると、若いビジネスマンが座りました。
 さすがにタバコを吸う人たちが集まってる喫煙席で、周りはスモッグが発生しています。隣の席の方から、「タバコを吸って良いですか」と声を掛けられると、「喫煙席ですから、かまいませんよ」と返事をすると「タバコ吸わないでしょ。辛そうだね。」と会話が始まりました。遅れた理由は、買い物に夢中になっていて、呼び出されて焦ったそうです。
 彼は、私と同じぐらいで、仕事でドイツへ来たそうです。おかげでドイツの話で盛り上がり、成田までの時間を退屈せずに過ごせました。会社のボールペンまでいただいたことです。
 この後にJALは全席禁煙になりました。
98年9月19日 土曜日 くもり
成田には定刻15:00より早い14:30頃に到着しました。【完】
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